修学旅行に行きたくないなら無理に行かせる必要はない

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どうも!内向き毒舌ブロガーのショウダイです。

 

みなさん修学旅行ってどんなイメージがありますか?

 

一般的に仲のいい友達と一緒に旅ができて楽しいってイメージが出てきます。

 

でもみんなが楽しい訳ではありません。

 

もし、子供が修学旅行に行きたくないと言うのであれば、無理に生かせる必要はないです。

ぼくは行きたくもないのに修学旅行に行きましたが、無理して行っても何も得られるものはありません。

 

修学旅行の班決めで一人だけ余ってしまう屈辱

あれは中学校の時です。

 

皆さん想像してみてください。

 

先生が「班に分かれて〜」と言ってみんなそれぞれ友達と固まって班を作っていく。

 

その中で一人だけポツンと行き場がない状態です。

 

そして、容赦無く心をえぐる言葉。

 

「あいつ余っているよ。」

 

「ウケる。」

 

「あいつ。余っているよ。誰か声かけてやれよw」

 

なんでぼくだけこんな目に合うのだろう?ぼくは好きでこうなっているんじゃない。

 

ぼくは提出物も出しているし、学校も休まずに来ている。

 

なんで提出物を出していない奴じゃなくて、まじめにやっているぼくがこんな苦しい思いをしなきゃいけないのだろう?

 

ぼくは結局、優しい学級委員長がいる班に入れてもらうことになりました。

 

一人ポツンと余っている恥ずかしさから解放されるのと同時に、申し訳ない気持ちでいっぱいでした。

 

だってその人たちはそのメンバーで修学旅行楽しむというビジョンを描いていて、そのビジョンにぼくはいないはずなのだ。

 

その描いていたビジョンを邪魔して申し訳ない気持ちで、罪悪感でいっぱいになった。

 

修学旅行は休まずに行ったが、何も思い出せない。

 

なるべく、その班の人たちの迷惑にならないように過ごしていたと思う。

 

修学旅行で完全に自信を喪失してしまった 

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修学旅行とは学校での人間関係がもろにわかってしまう残酷な行事でもあるのです。

 

ぼくはこの修学旅行で、「誰からも必要とされない無価値な人間」と考えるようになりました。

 

立ち直るのに4年という時間がかかってしまいました。

 

4年間は本当に苦しかった。

 

自分は無価値な人間と思い込んでいるから、何やるにも自信が持てなかった。

 

例えば、何か意見するときも、いつも「ぼくなんかが発言していいのだろうか?」という気持ちが先行してしまい、自信を持って発言できない。

 

堂々とハキハキ喋ることができない。

 

大人になってちょっとずつ自分の意見を発言することはできるようになってきましたが、今でも心のどこかで自分に自信がないです。

 

うまく喋ることができないから、このようにブログをやっているのかもしれません。

 

大人から見れば、たかが修学旅行かもしれないけど、子供によっては人生を左右する重要な行事です。

 

子供が修学旅行に行きたくないと言うのは人間関係が上手く行っていない可能性が高いです。

 

無理して行かせてぼくのように後遺症を負わせるよりは、休ませて話を聞いてあげた方がよっぽどいいです。

 

親ができることは見守ること

ぼくは子育てはしたことがないので、親の気持ちはわかりません。

 

なので、修学旅行で苦しんだ元子供という視点で意見を言わせてもらいます。

 

それは見守ることです。

 

もちろん話を聞いてあげることも大切ですが、話したがらない場合が多いです。

 

なぜなら、親に心配をかけたくないからです。

 

親に頼ることがかっこ悪いという風潮があるからです。

 

子供もそれなりにプライドがあって話しにくい。

 

根掘り葉掘り聞いても話せるようになるまで待ってあげることしかできない。

 

これが親にできることです。

 

待つのは辛いかもしれないけど、子供が悩みを話せるその日まで全力で手を伸ばして待ってあげてください。